何でも見てやろう 小田 実

  • 2022.01.15
何でも見てやろう 小田 実

2000年にネパールのアンナプルナ地方をトレッキングで歩いた。一週間くらい洗濯が出来ないので、捨てても良いようなTシャツを日数分持って行った。チベットとの国境に近い村に到着した日、ロッジに入りシャワーを借りた。シャワーと言ってもバケツにお湯をもらって離れの小屋でお湯をかぶるだけの質素なもの。その足で村の人たちが商いをしている広場に出た。「バケツの中のTシャツとこの中の好きなものと交換しない?」と女の子が声を掛けてきた。「汗で濡れてるし洗濯してないから臭いよ」「ノープロブレム。私Tシャツ買おうと思ったら片道三日歩いて山を降りないといけないの。行って帰って来ると一週間でしょ。洗濯して干したら明日には着られるでしょ。」それで物々交換をすることにした。ロッジに戻ろうと思ったら、別の女の子が「宿に戻ったらまだTシャツ持ってるでしょ」と声をかけてきた。以下全く同じ会話。そしてロッジに戻ってきたところで宿の女将さんに「Tシャツまだある?」って聞かれた。部屋に戻って前々日に着ていた濡れたままのTシャツを渡した。すると彼女は申し訳なさそうに家の中を見せながら I have nothing to give you. と言った。そこは客に出す料理を作るための質素な炊事道具以外はほぼ何もない(テーブルすら無い)家。それはそれはシンプルな暮らしの家。これは僕にはかなり強烈な出来事で、欲望に溢れた自分の暮らしに警告を与えてくれた言葉だった。旅は良い。色んな事に気付きを与えてくれる。

本: 「何でも見てやろう」 小田 実
ブックカバー: 日本新聞博物館ミュージアムショップ